
『天使の影』あらすじ
とある都会の片隅に立つ娼婦リリーは、その繊細な性格から仲間内では浮いた存在。家に帰ればヒモ男ラウールに金をせびられる日々。そんなある日リリーは闇社会の大物であるユダヤ人に見初められるが、次第に破滅願望が強くなっていく。反ユダヤ的とされ非難を浴びながらも、今なお世界中で繰り返し上演されるファスビンダーの戯曲「ゴミ、都市そして死」を、親友でもある『ラ・パロマ』(74)、『ヘカテ』(82)のシュミット監督が映画化。主演はファスビンダーと一時期結婚していたイングリット・カーフェン。露骨な台詞が散りばめられ、絶望に満ちた物語ながら、名キャメラマン、レナート・ベルタが描き出す退廃美に溢れた映像は限りなく素晴らしく、全編に夢のような心地がたゆたう。

監督:ダニエル・シュミット / 脚本:ダニエル・シュミット、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー / 撮影:レナート・ベルタ
出演:イングリット・カーフェン、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、クラウス・レーヴィッチュ、アードリアン・ホーヴェン
1976年 / スイス / カラー / 101分
© RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION
鴻巣友季子 (翻訳家・文芸評論家)
『マリア・ブラウンの結婚』なんて美しく残酷な物語だろう。大戦からの復興期は「愛に向かない時代」だった。
マリアのそれのように、したたかに見えて壊れやすい愛を無数に踏みつけていった。
児玉美月 (映画文筆家)
老境に差しかかった女と、彼女より二十も下の移民の男。世界に私たち二人だけだったならよかったのに、と女は切なげに呟き、
悪意に満ちたまなざしを向けられつづける暴力性に、恋人たちの関係はただ摩滅してゆく。
ファスビンダーの紡ぐ残酷に美しい映像が、こんな汚れた街で魂はいかに存在できるのかと問う。
千木良悠子 (作家、演出家)
『天使の影』私は2013年と2015年、この映画の原作である演劇の戯曲『ゴミ、都市そして死』を何の気なしに制作・演出し、その結果、ベルリンに4年半も住む羽目になりました。今改めて見ると、これはメロドラマの体裁を借りてはいるが、抽象化されたドイツの現実そのものです。ドイツで近代に神が死んだとされ、史上最悪の戦争犯罪が遂行された後に来た現代を、ファスビンダーは国家と欲望と資本主義の三者が奏でるオペラとして、正確に描き出しました。東西ドイツ統一後もこの「悪夢=現実」の霧は濃くなる一方で、日本もまた同様です。皆様もぜひご覧になって、運命の歯車を狂わされてみてください。
中原昌也 (ミュージシャン/作家)
入院生活が長くて、ぱーっとファスビンダーが見たい!どれも軽快とは程遠い恋愛劇猫沢エミ (ミュージシャン、文筆家)
「なんだよエミ〜!? アリにクスクスくらい作ってやれよ‼︎」と私と同名の女に叫びつつ、やっぱり私はファスビンダーの《獣道》を観て以来、彼の描く、
反吐が出るほど頭が悪くて純粋な人間群像が大好きなんだなと再確認した次第。
真魚八重子 (映画評論家)
サディスティックなファスビンダーの映画が重んじたのは“愛”だった。一方的な感情は屈辱や嘲笑で返され、優しさを求めて貢いでも微笑すら戻らない。だが残酷な運命を辿ろうと、生きる原動力こそ無償の愛なのだ。